白髪考

人に会うと一瞬、「え?」という顔をされることがある。「なぜ白髪を染めてこぎれいにしないのよ?」という疑問が、口には出さないがその表情に浮かんでいる。こちらはこちらで、言われもしないのに「いやいや私には無理なんです、だって・・・」と心の中で言い訳を始めている。

私はこれまで一度もヘアダイをしたことがない。白髪が増えてきても白髪染めもしない人間はかなり珍しいようだ。無精を恥じることもあるのだが、どうしてもその気になれず、行動を起こさないままこの年まで来てしまった。ただ最近は、白髪染めから卒業する人も増えつつあるようで、嬉しい限りである。

割と最近まで白髪が少なく必要を感じていなかったからというのがこれまでの理由なのだが、最近はそれより大きな理由が3つある。

まず最初に、面倒くさいからだ。染め始めるためには、まず最初に、染める決断をして美容院に予約をするという手順を踏む必要があるが、私にはそれができない。若い頃は今よりは多少意識して髪や肌の手入れを頑張った時期もあったのに、今では面倒くささの方が勝ってしまう。「年相応」と開き直っているところは反省した方が良いかもしれないが。

次に、染めた髪が伸びてきた時のことを考えると気が重い。白髪があるのに染めないのと、生え際が伸びて染めた髪が白く目立ってくるのでは、どちらが気持ちの負担が大きいだろう?比較している時点で、もう私の中では軍配が上がっている。つまり一度染めたが最後、半永久的に、尚且つ定期的に染め続けなければならないということだろう。知人に聞いてみると、その人は3週間おきに美容院で染めてもらうのだそうだ。自分で染める人も月に一度ぐらいは染めるのだろうか。やはり私には真似できそうにない。

そして最後の理由。これは私にとってかなり大きな比重を占める問題なのだが、体への影響が心配なんである。心配しながら使うのは面倒くさいというやっぱり面倒くさいというところに落ち着いてしまうのがなんだか情けないが。

染料の商品には天然由来のものや敏感肌に配慮したものもあるのだとは思うが、毛髪はミイラになっても残っているぐらい強いモノである。その毛髪に色を付けるとなれば、かなり強力な化学物質を使わざるを得ないはず。そしてその化学染料は毛根や頭皮を通して体内に侵入するのではないか、と思う。

以前、焼き場に詳しい人に聞いた話では、髪を紫に染め続けていた女性の頭蓋骨は紫色に染まっているという。また最近、アレルギー症状を起こすケースがニュースも記憶に新しいところだ。アレルギーによる皮膚の痛みも痒みも辛いだろうなあ。

話は逸れるが、知人の65歳のご主人は真っ黒な頭髪なので、いつもこまめに染めているのだと思っていたら、地毛だという。至近距離から見せてもらったが白髪を1本も発見できなかった。その方のお父様も80代で亡くなるまでずっと真っ黒だったそうだ。この人のように白髪にならない家系もあるようだが、おそらく少数だろう。

大多数の人は、それなりの年齢になれば髪が白くなるのはまあ自然なことだ。悪いことでも恥ずべきことでもないと思う。年齢的に白髪でもおかしくない人物の頭髪があまりにも真っ黒だと、私などは却って不自然な印象を持ってしまう。髪が黒々していると年齢より若く見える場合もあるので、ワカメをしっかり食べようか、ぐらいのことは私にもできそうだが、それ以上の行動を起こすのは面倒くさいなあ。

なんて思っていたら、最近、グレーに染める男性用白髪染め商品が売れているというではないか。真っ黒よりロマンスグレーがかっこいいということらしい。モデル氏の写真を見ると、確かに渋い感じがする。男子たるもの髪の毛ぐらい黒でも白でもフサフサでもツルツルでもなんでもいいやんとつい思ってしまうが、皆さん身だしなみには気を遣っているのだとまた少し反省しながら、やった、私と同じように真っ黒に染めることに疑問を感じる人もいるんだと密かに嬉しかったりもする。

また女性にも変化の兆しがみられるようで、女優の草笛光子さんの白髪に憧れる人が増えているとか。60代には60代の、70代には70代の美しさがある。草笛光子さんは大女優だから、美しい白髪を保つために手入れをきちんとしておられるのだろうが、それを差し引いたとしても、年齢を重ねた人の内面からにじみ出るような美しさは、若輩者には到底真似のできない芸当である。
徐々に素敵な白髪(しらが、ではなく、はくはつ)の人が増えていけば、若い人がわざわざ白髪に染めるのが流行ったりする日が来るかもしれない。それはそれで意味不明だが。